兵庫編 ・ 播磨の武将 No.05
母里太兵衛(友信)
もり たへえ
1556 – 1615 享年60
今からおよそ410年前
稲美町 / 名物・いなみ野メロン
ゆかりの地稲美町母里地区(名字の地)
人物紹介
黒田官兵衛・長政に仕えた黒田家随一の猛将。福島正則から名槍・日本号を呑み獲った逸話は民謡「黒田節」となり、今も歌い継がれる。その黒田節の「母里」の名は、稲美町の地名に由来するとされ、母里氏の本貫は稲美町母里と伝わる。1569年の青山・土器山の戦いで母里一族24人が討死すると、官兵衛は母里の血を引く友信に名跡を継がせた。太兵衛自身の生まれは妻鹿(現在の姫路市飾磨)——稲美町は、いわば豪傑の「名のふるさと」である。初陣は1573年の印南野合戦といわれる。