兵庫編 ・ 播磨の武将 No.11
梶原景行
かじわら かげひで
生没年不詳
高砂市 / 名物・高砂にくてん
ゆかりの地高砂神社(輝政期の高砂城跡)/鶴林寺
人物紹介
高砂城の梶原氏の当主。源平合戦で水軍を率いた鎌倉御家人・梶原氏の流れと伝わる。三木合戦では別所方につき、毛利・本願寺・雑賀衆と結んで、海上輸送された兵糧を高砂で陸揚げし、加古川の水運で三木城へ送り込んだ——籠城戦の生命線を握る男だった。天正6年(1578)10月、秀吉軍の高砂城攻めに敗れ、一族を三木城へ入れて自身は鶴林寺に身を寄せたと伝わる。その高砂城の正確な所在は、今も謎のままである(現在の高砂神社の地の城は、のちに池田輝政が築いた支城)。