兵庫編 ・ 播磨の武将 No.12
山中鹿之介
やまなか しかのすけ
別名 ・ 山陰の麒麟児 1545 – 1578 享年34
今からおよそ450年前
佐用町 / 名物・ひまわり
ゆかりの地上月城跡
人物紹介
主家・尼子氏の再興に生涯を捧げた忠臣。「願わくは我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話で知られる。毛利に滅ぼされた尼子家を再び立てるべく勝久を擁して転戦し、織田方の一翼として佐用の上月城に入った。しかし天正6年(1578)、毛利の大軍に囲まれ、頼みの秀吉軍は三木合戦への対応で撤退——見捨てられる形で城は落ちた。鹿之介は捕らえられ、護送の途中、備中松山の阿井の渡しで殺害された。再興の夢が最後に灯った城が、佐用の山にある。