兵庫編 ・ 但馬の武将 No.52
八木豊信(養父市)
生没不詳

八木豊信

やぎ とよのぶ

生没年不詳
養父市 / 名物・朝倉山椒

ゆかりの地八木城跡(国史跡)

人物紹介

山名四天王の一・八木氏の当主で、国史跡・八木城に拠った。毛利と織田がせめぎ合う但馬にあって、豊信は毛利との外交交渉を担い、吉川元春と交わした往復書状は当時の但馬情勢を伝える貴重な史料として知られる。天正8年(1580)の羽柴秀長の但馬攻めで降伏。のちに九州へ渡り、島津家久の右筆を務めたと伝わる——剃髪した文人肌の武将は、筆一本で乱世を渡り切った。