兵庫編 ・ 播磨の武将 No.07
櫛橋伊定(加古川市)
諸説あり

櫛橋伊定

くしはし これさだ

1573
今からおよそ450年前
加古川市 / 名物・かつめし

ゆかりの地志方城跡(観音寺)

人物紹介

志方城主。娘の光(てる)は黒田官兵衛の正室となった——つまり軍師の舅である。観音寺の墓碑によれば天正元年(1573)に没しており、三木合戦で櫛橋氏が別所方につき志方城が落ちた(1578)ときの当主は、子の政伊とする説が有力。当主の代をめぐる記録は錯綜しているが、志方城が「官兵衛の妻の実家の城」であったことは動かない。城跡は観音寺の境内となって残る。