兵庫編 ・ 播磨の武将 No.22
明石則実
あかし のりざね
1595
今からおよそ430年前
神戸市西区 / 名物・神戸ワイン
ゆかりの地枝吉城跡
人物紹介
枝吉城主・明石氏の当主。黒田官兵衛とは従兄弟にあたる(官兵衛の母は明石正風の娘)。播磨攻めでは早くから秀吉方につき、豊臣政権下で大名に取り立てられて但馬豊岡城主となった。しかし文禄4年(1595)、秀次事件に連座して切腹——豊臣政権の粛清の波が、播磨出身の律義な大名を呑み込んだ。枝吉城のあった西区一帯は、明石氏代々の本拠である。