兵庫編 ・ 播磨の武将 No.34
高山右近(明石市)

高山右近

たかやま うこん

1552 – 1615 享年64
今からおよそ410年前
明石市 / 名物・たこ

ゆかりの地船上城跡

人物紹介

キリシタン大名にして、利休七哲に数えられた一流の茶人。天正13年(1585)から明石郡6万石を与えられ、船上城を本拠に明石を治めた。教会を建てたとも伝わり、城下の整備はのちの明石の町の基礎となる。しかし天正15年(1587)、秀吉のバテレン追放令を突きつけられると、右近は領地と大名の地位を捨てて信仰を選んだ。前田家の客将として加賀に身を寄せたのち、慶長19年(1614)の禁教令で国外追放され、マニラに渡って間もなく病没。信仰に殉じた大名の、最後の領地が明石だった。