兵庫編 ・ 摂津の武将 No.44
薬師寺国盛
やくしじ くにもり
生没年不詳
尼崎市 / 名物・武庫一寸(そら豆)
ゆかりの地富松城跡(市街地に土塁が現存)
人物紹介
細川京兆家の摂津守護代家として権勢を誇った薬師寺氏の一族。富松荘(尼崎)を領した薬師寺氏の城・富松城に拠った。尼崎・伊丹・越水の中間に位置するこの城は、畿内の争乱のたびに争奪の的となる。享禄3年(1530)、国盛は細川晴元方として細川高国の軍を迎え撃つが敗れ、伊丹へ退いた。勝った高国はこの城を足場に摂津を席巻するが、翌年、同じ尼崎の大物崩れであっけなく滅ぶ——下剋上の時代の目まぐるしさを、富松城は見届けた。土塁と堀の遺構が、今も市街地の中に保存されている。