兵庫編 ・ 但馬の武将 No.48
赤松広秀
あかまつ ひろひで
1562 – 1600 享年39
今からおよそ430年前
朝来市 / 名物・岩津ねぎ
ゆかりの地竹田城跡(天空の城)
人物紹介
播磨・龍野赤松氏の出身で、秀吉に仕えて竹田城最後の城主となった。約20年の在城の間に城は総石垣へと姿を変えたと考えられており、いま「天空の城」として人々を魅了する石垣の竹田城は、広秀の置き土産である。藤原惺窩と交わって儒学を好み、領内の治政に努めた文化人大名だった。しかし関ヶ原で西軍につき、鳥取城攻めで東軍に転じたものの城下焼討ちの責を問われ、慶長5年(1600)、家康の命により自刃。文人の城主は、天下分け目の混乱の中で費えた。