兵庫編 ・ 但馬の武将 No.49
太田垣輝延
おおたがき てるのぶ
生没年不詳
朝来市 / 名物・岩津ねぎ
ゆかりの地竹田城跡
人物紹介
山名四天王の一・太田垣氏の当主で、竹田城の城代。竹田城は但馬守護・山名氏が播磨からの侵入に備えて築いた南の要であり、太田垣氏が代々城代を務めた(その代数は諸説あり、朝来市は初代光景から7代とする)。輝延は毛利と織田の狭間で去就を重ね、天正8年(1580)、羽柴秀長の但馬攻めで城を明け渡したと伝わる。石垣の名城の「土の城」時代を守り継いだ一族の、最後の城代である。