兵庫編 ・ 但馬の武将 No.50
山名祐豊(豊岡市)

山名祐豊

やまな すけとよ

1511 – 1580 享年70
今からおよそ450年前
豊岡市 / 名物・コウノトリ

ゆかりの地此隈山城跡/有子山城跡(出石)

人物紹介

但馬守護・山名宗家の当主。守護所の此隈山城に拠って但馬に君臨したが、永禄12年(1569)、織田方の木下秀吉(のちの羽柴秀吉)の但馬侵攻で城を落とされ、一時堺へ亡命する。堺の豪商・今井宗久の仲介で帰国を果たすと、詰めの城・有子山城を築いて再起を図った。しかし天正8年(1580)、今度は羽柴秀長の但馬攻めで有子山城も落城——祐豊はその混乱の中で世を去った。名門・但馬山名の落日を一身に生きた当主である。