兵庫編 ・ 淡路の武将 No.61
脇坂安治
わきざか やすはる
1554 – 1626 享年73
今からおよそ400年前
洲本市 / 名物・由良ウニ
ゆかりの地洲本城跡(総石垣・模擬天守)
人物紹介
賤ヶ岳の七本槍の一人。天正13年(1585)に淡路洲本3万石を与えられ、洲本城主として淡路水軍を率いた。現在も三熊山に広がる洲本城の壮大な総石垣は、脇坂時代に整備されたと伝わる。文禄・慶長の役では水軍の将として海を渡り、関ヶ原では西軍から東軍へ寝返って家を保った——槍働きから始まり、海と処世で生き抜いた武将である。のち伊予大洲へ移り、脇坂家は幕末まで続いた。