兵庫編 ・ 播磨の武将 No.64
赤松則祐(相生市)

赤松則祐

あかまつ そくゆう

1314年〜1372年 享年59
今からおよそ650年前
相生市 / 名物・牡蠣

ゆかりの地感状山城跡

人物紹介

赤松円心の三男。はじめ僧として比叡山に入ったが、還俗して父とともに戦場を駆けた。建武3年(1336)、新田義貞の大軍が播磨に攻め入ると、父の白旗城に呼応して感状山城に籠城。50余日にわたり敵を足止めし、この功で足利尊氏から感状を授かった——感状山の名はここに由来すると伝わる。のちに赤松家の家督を継ぎ、播磨・備前などの守護として家の最盛期を築いた。南朝が京を占領した際には、幼い足利義満を播磨に迎えて守った逸話も知られる。