兵庫編 ・ 摂津の武将 No.69
楠木正成
くすのき まさしげ
?〜1336年
今からおよそ690年前
ゆかりの地湊川神社
人物紹介
河内の悪党出身。後醍醐天皇の倒幕挙兵に応じ、赤坂城・千早城でわずかな兵により幕府の大軍を翻弄した。この足止めが全国の反幕府勢力に火をつけ、鎌倉幕府は崩れ落ちる。建武3年(1336)、九州から東上する足利軍を前に、正成は一度京を捨てて敵を疲れさせる策を献じたが容れられず、死を覚悟して兵庫に下った。湊川の戦いでは、わずか700騎で足利の大軍に十数度の突撃を繰り返し、力尽きて弟・正季と刺し違えて果てた。終焉の地に建つ湊川神社には、水戸光圀が建てた「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑が今も残る。