兵庫編 ・ 摂津の武将 No.72
足利尊氏(神戸市須磨区)

足利尊氏

あしかが たかうじ

1305年〜1358年 享年54
今からおよそ670年前
神戸市須磨区 / 名物・須磨海苔

ゆかりの地松岡城跡(勝福寺裏山)

人物紹介

室町幕府の初代将軍。だがその天下は安泰ではなかった。観応2年(1351)、実の弟・直義との内戦——観応の擾乱——で、尊氏は打出浜の戦いに大敗する。2万余の敗兵とともに逃げ込んだのが、須磨の小さな松岡城だった。『太平記』は「松岡城周章事」の段で、狭い城に兵が殺到して身動きも取れぬ混乱ぶりを描く。もはやこれまでと、尊氏はこの城で切腹を決意したと伝わる。その夜、家臣の饗庭命鶴丸が駆けつけ、直義との和議成立を告げて自害は取りやめとなった。勝福寺の石段の登り口は今も「ハラキリ堂」と呼ばれ、城の正面にあたる一帯には「大手町」の地名が残る。