兵庫編 ・ 摂津の武将 No.70
新田義貞
にった よしさだ
1301年〜1338年 享年38
今からおよそ690年前
ゆかりの地和田神社(和田岬)
人物紹介
上野国新田荘の御家人。元弘3年(1333)に挙兵すると、わずか半月で鎌倉を攻め落とし、幕府を滅ぼした。建武の新政では尊氏と対立する側の総大将となる。建武3年(1336)、九州から攻め上る足利の大軍を兵庫で迎え撃つことになり、義貞は海に突き出た和田岬に本陣を置いた。しかし足利水軍の陽動に翻弄されて楠木勢と分断され、湊川の戦いは敗北に終わる。義貞は殿軍を自ら務めて京へ退いた。その後も北陸で南朝方として戦い続けたが、延元3年(1338)、越前藤島で流れ矢に当たり落命した。