兵庫編 ・ 摂津の武将 No.73
平野忠勝
ひらの ただかつ
生没年不詳
ゆかりの地平野城跡
人物紹介
赤松円心の家臣と伝わる武将。御影の高台に平野城(御影村城)を築き、東は深田池、西は石屋川の谷、北は山を天然の守りとした。貞和2年(1346)の築城と伝わる。観応の擾乱が起こると、忠勝は主家赤松氏とともに足利尊氏方として戦ったが、観応2年(1351)の打出浜の戦いで敗北。忠勝は刀を置き、隣の郡家村で農民の指導者として生きる道を選んだ。子孫は代々この地に根を張ったという。御影の町には「城ノ前」「大手筋」の地名が残り、菩提寺の中勝寺には「平野備前守忠勝菩提所」の碑と墓が今も守られている。