兵庫編 ・ 摂津の武将 No.74
大内政弘
おおうち まさひろ
1446年〜1495年 享年50
今からおよそ530年前
ゆかりの地本庄山
人物紹介
周防・長門など6か国を領した大内家の当主。応仁元年(1467)、応仁の乱が始まると西軍に付き、数万の大軍と水軍を率いて瀬戸内を東へ上った。その上陸地が兵庫津である。同年8月、政弘の軍は本庄山で東軍の細川方と交戦した——この戦いで家臣に与えた感状(『大内政弘感状』)が今に伝わり、六甲山麓が応仁の乱の戦場になったことを物語る。以後、政弘は10年にわたり在京して西軍の柱であり続けた。乱後は領国経営に転じ、遣明貿易の富で山口に京の文化人を迎え、「西の京」と呼ばれる繁栄を築いた。雪舟が明へ渡ったのも大内氏の船である。